※別のところで書いていた読書記録を転載。
実際に読んだのは2022年10月3日くらい。
『人間滅亡的人生案内』深沢七郎
〈好きなことをして、そのために悩むなんてことはない筈です。〉
〈生きていることは川の水の流れることと同じ状態なのです。なんにも考えないで、なんにもしないでいることこそ人間の生きかただと私は思います。〉
〈どんな仕事でも仕事はツマラないのです。〉
〈案外、幸福に慢性になってしまったのではないですか。〉
〈堅物の野郎のなんと無味乾燥なことよ。〉
〈人生とは、何をしに生れて来たのか。それは、わからないのでいいのです。〉
〈大学はアクセサリーで、大学出という安心感があればいいのです。〉
〈男や女はなぜ結婚するのかと言いますと、いつでもそばにいたい、いつでも顔をみたいから結婚するのです。〉
〈人間ぎらいと言われていても実際には人間ぎらいではない筈です。ほんとは社会生活がきらいなことなのです。〉
〈(前略)地球上には個人だけがあるのです。したがって、社会生活のような団体、集団で色どりする国家などというものは存在することすら妙なものです。したがって、家だ、妻子などというものから離れていい筈です。自分の食べること、自分の住む所、自身の着るものがあればいいのです。〉
〈社会などというものを作ることがいけないのです。人は孤独が当り前で社会などというものは作られたものなのです。それを作った奴は悪魔なのです。〉
〈だが現実逃避などという古ッぽい考えは止めたほうがいいと思います。悲劇と喜劇がイコールというのは現実を処理する妙薬ではありませんか、ステキな現実料理です。〉
「愛などというものは欲深女や精神病の男の飛道具である」
〈友達というものは花のようなものです。(中略)友達などというものはそのときどきに自分のために存在するのだからそんなものに負担を感じたり、たよりにしようと思うのは悪いことだと思います。〉
〈安っぽい人間になりたくてたまらないのに人間は錯覚で偉くなりたがるのです。〉
〈人生に、悲しいとか、嬉しいとか、不安とか思うのは病気です。〉
〈滅亡教では漠然として生きることこそ生きていることなのです。〉
〈人間滅亡教はボーッとして生きることにあるのです。〉
〈人間滅亡教は何も考えない、ボー然とした楽しさが極意なのです。〉
・人間を規格づけする。また、買いかぶりすぎない
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1967〜1969年の連載をまとめたもの。約50年前(!)の人生相談集。
いつの世も悩みは変わらないなー。
と思ったら、学生運動やら体制批判やらがっつり絡んだ相談もあり世相だなと。
そのへん詳しくないから知りたいな…。
とはいえ回答は、現代で通じるor深澤さんの突き抜けた思想に基づくものばかりで、説教臭さ古臭さは全く無い。
ユーモアや少々の毒もあって面白いし、色々ほぐされる。そっかぁって感じ。全部を鵜呑みにはせんけどな。そっかぁと。
何より人間についての考え方が他に類を見なくて、なんだか視野が広がった。
ありがたやありがたや。
社会は人が複数集れば自然発生するものと思っていたけど、深澤さん曰く作るものらしい。
確かに、複数いても皆が他人に関心を持たず自分ばかり見つめていたら、ボーッと生きていたら、社会は発生しないのかも?ふむふむ。
となるとやはり社会は作るもので、結果苦しむ人がいるのなら、作った奴は悪魔なのかもね。そっかぁ。『人は孤独』がベースだもの。社会は不自然かぁ。
人間滅亡教を謳って基本的に社会・団体を否定していますからね、社会生活に苦手意識を持つ人なんか特にオススメ。肩の荷が下ります。心が楽になります。疲れているときにどうぞ。
てか、なんか全体的にめちゃくちゃ優しいんだけど。深澤さん。予想外。
ちょっと前に読んだ開高さんの『風に訊け』は、知識量に舌を巻き、私も少しでも教養つけたい!と思わされたけど、
これはただただまったりほぐされる〜。癒やされるとは違うんだよね。
疲れているときに読みたい本。
ネガ方向の本ばかり読んでたからそろそろポジ方向に行こう。
充分浸ったしそろそろ浮上しようかな。