※別のところで書いていた読書記録を転載。
実際に読んだのは2023年1月9日くらい。
『三日間の幸福』三秋縋
〈その通り、両親にまでいじめられっ子であることを知られたら、いよいよ俺たちの立場は決定的なものとなってしまう。たった一か所だけでも、自分たちがいじめられっ子であることを忘れさせてくれる場所が必要であることを、その女性教員はよくわかっていた。〉
〈思えば、子供の頃からずっと、自分から誰かを遊びに誘ったり、会話を求めたりといったことをしないできた。それによってたくさんの可能性を失ったのも事実だが、同じくらいの煩わしさから逃れられたのも事実だ。特に後悔も満足もない。〉
「以後、あなたを好きになろうとしてくれる人は、二度と現れません。あなたが他人のことを、自分の寂しさを埋める道具くらいにしか見ていないということは、案外見抜かれてしまうものなんですよ」
「勝とうなんて思うから負けるんですよ。負けの中に勝ちを見いだす生き方の方が、失望は少なくてすみます」
「代わり映えのない空っぽな毎日は、段々と、一日一日を区別することさえ困難にさせていきます。そうなってしまうと、日々は、飛ぶように早く過ぎるものです。」
〈こういう音楽を用いて、俺は世界に馴染めずまた馴染もうとしない自分を赦しすぎた。〉
「自分の価値を高めるには、どうすればいいと思います?」
「そうさな、堅実にやる、しかねえんじゃないか。(中略)なんつうかな、結局、目の前にある『やれること』を、一つ一つ堅実にこなしていくこと以上にうまいやり方はねえんだと、この歳になって思っている」
「あなたがいなくなってから何十年経とうと、私はあなたと過ごした日々を思い返して、一人で泣いたり笑ったりすると思います。そういう思い出があるってだけで、きっと、生きることは幾分も楽になるものなんですよ」
「思い出をください。あなたがいなくなった後、私がさみしくて仕方なくなったとき、何度でもあたためてくれるような思い出を、できるだけ、たくさん」
〈俺は、何も残さずに死ぬ。(中略)でも俺は、もういい。かつて夢見た永遠に、今なら期待しなくて済む。もう、誰にも覚えていてもらえなくたっていい。隣にこの子が、いてくれるから。隣でこの子が、笑っていてくれるから。たったそれだけのことで、俺は今、すべてを許せた。〉
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〈ただ、僕が思うに、そうした「馬鹿は治ったが、もう手遅れの彼」の目を通して見る世界は、たぶん、すべてがどうでもよくなってしまうくらいに、美しいのです。「俺は、こんなにも素晴らしい世界に住んでいたのに」、「今の俺には、すべてを受け入れて生きることができるのに」といった後悔や嘆きが深ければ深いほど、世界はかえって、残酷なくらいに美しくなるのではないでしょうか。〉
序盤のミヤギちゃん容赦ない😇
何度もグッサー刺さった😇😇😇
好きでいてくれる夫をもう少し大事にします…(多分)
しかし後半のミヤギちゃんの可愛さよ…!
久々にTHEツンデレな子見たわ。
奇をてらっていない、いいツンデレ。
終わりのほうなんてデレデレ。
好き。私もこんな子なら監視されたいw
人にどう思われようと自分のやりたいことをする&人の喜ぶことをして実際に喜んでもらえる、というのは大きな幸福感につながるよなー。
後半の生き生きしている主人公にこっちも嬉しく楽しくなる。
死を前にする…のもそうだけど、自分がどう関わるかで、世界の見え方感じ方は変わる。うん。
私も最終的に世界は美しいと思いながら死にたいなぁ。
今は息苦しい世界だな〜と思ってるけど😇自分の認知の歪みのせいなの分かってるぅ😇😇😇
何はともあれ、いい本だったー🥰🥰🥰
オマエ何様だみたいなこと言うけども…
こういう若者向け?文庫(ってか、電撃文庫はラノベだけど、メディアワークス文庫はラノベ枠なのかどうなのか。挿絵ないからラノベでないと思ってる)の本って、設定がご都合主義過ぎて白けたり、文章力が少し…と思ってしまう作品に当たってしまうことも多々だけど、
この本は設定も巧く、展開もところどころ意外性があり、文章も読みやすくてとても面白かった!
とてもっていうか、めちゃくちゃ面白かった。
三秋先生、他作品も読みます!!
面白い作品をありがとうございます。
▼こちらも生き方死に方について考えさせられる本。どっちも好きだ。
▼生き方死に方ではないけど、愛とは、について考えるならこちら。