『森と氷河と鯨』星野道夫
「その土地に深く関わった霊的なものを、彼らは無意味な場所に持ち去ってまでしてなぜ保存しようとするのか。私たちは、いつの日かトーテムポールが朽ち果て、そこに森が押し寄せてきて、すべてのものが自然の中に消えたしまってもいいと思っているのだ。そしてそこはいつまでも聖なる場所になるのだ。なぜそのことがわからないのか」
〈その話を聞きながら、目に見えるものに価値を置く社会と、見えないものに価値を置くことができる社会の違いをぼくは思った。そしてたまらなく後者の思想に魅かれるのだった。夜の闇の中で、姿の見えぬ生命の気配が、より根源的であるように。〉
〈人は聖地を創り出すこと、また動植物を神話化することによって、その土地を自分のものにする。土地に霊的な力を与えるのだ。(ジョーゼフ・キャンベル)〉
〈森の主人公とは、天空に向かって伸びる生者たちでなく、養木となって次の世代を支える死者たちのような気さえしてくる。生と死の境がぼんやりとして、森全体がひとつの意志をもって旅をしているのだ。〉
〈深い森の中にいると川の流れをじっと見つめているような、不思議な心の安定感が得られるのはなぜだろう。ひと粒の雨が、川の流れとなりやがて大海に注いでゆくように、私たちもまた、無窮の時の流れの中では、ひと粒の雨のような一生を生きているに過ぎない。川の流れに綿々とつながってゆくその永遠性を人間に取り戻させ、私達の小さな自我を何かにゆだねさせたくれるのだ。それは物語という言葉に置きかえてもよい。そして一見静止した森、また私たちの知らない時間のスケールの中で、永遠性という物語を語りかけてくるのかもしれない。〉
〈けれども、人間がもし本当に知りたいことを知ってしまったら、私たちは生きてゆく力を得るのだろうか、それとも失ってゆくのだろうか。そのことを知ろうとする想いが人間を支えながら、それが知り得ないことで私たちは生かされているのではないだろうか。〉
〈ぼくはかつてアラスカの未踏の原野に魅かれていた。セスナで何時間も飛び続けながら、全く人気のない原野を驚嘆をもって見下ろしていたものだった。が、それは大きなまちがいだった。太古の昔から、アラスカの原野は足跡を残さぬ人々の物語で満ちているのだ。北方アジアから渡ってきたモンゴロイドが、この壮大な原野を越えたいったことが、今、手にとるように想像できる。〉
〈人の暮らしは変わってゆく。これが何かを失ってゆくにせよ、私たちが望む豊かさに向かって動いている。犬ゾリがスノーモービルに変わったのは人がその豊かさを選んだのだ。ただ、豊かさとは、いつもあるパラドックスを内包しているだけなのだろう。昔は良かったというノスタルジアからは何も生まれてはこない。それなら、物語はどうなのだろう。物語は、現実の力をもらえない、ただのノスタルジアだろうか。〉
内容ももちろんいいんだけど、そもそもが星野さんの文章ってキレイだよなぁ。
心地よすぎる。
本当に文章上手いなぁ。素敵だよなぁ。
本読むたびに唸らされる。毎回毎回。
字を追うだけで癒やされる。
ゆったりとした気持ちになる。
え、もう今日家事したくない…(笑)
彼の地に思いを馳せたままでいたいよう。
本紹介にもあるけど、今までの本よりももっと、目に見えないものの価値を追った本。
ワタリガラスの神話を追う。
人々の歩みを辿る形でアラスカからシベリアへ。
神話の旅、心の旅、「物語」の旅「人」の旅を星野さんと一緒にしている気分でいたのに、例のヒグマ事件で未完に終わってしまった…。
分かっていたけど、ただただ悲しい。
星野さんはこの旅を通じて感じたことを、どう言葉にまとめるつもりだったのか。
池澤さんの解説に〈彼の早すぎる死を阻止するためなら自分の人生の何割かを差し出してもいい〉とあったけど、私も本気でそう思う。
そりゃ10年20年は出せないけど、数ヵ月、1年なら差し出せる。その分星野さんの写真と言葉を見てみたかったな。
今のアラスカを星野さんの目で見て星野さんの言葉で伝えてほしかったなぁ…とも思わざるを得ないし。
とりあえず、
見えないものに価値を置くことができる社会
ではないよな今の世の中。
ギスギスギスギス。
便利な世の中ではあるけど(って本当に便利なのか?ただ煩雑になっているだけのような気もする。やること増えて疲弊する)、心が豊かでいられる社会になって欲しいというか、根源的なところに帰りたいというか。
遠いアラスカだったり神話の世界だったり宇宙だったり、時間的にも空間的にも深遠で無窮の世界に誘ってくれる星野さんの本は本当に好きだなあ。
(ひいては本ってすごいなぁ)
もうこれは星野道夫ブームじゃないな。星野さんずーっと好きだわ。
また他の本読んでみよう。
あ、ジョーゼフ・キャンベルさんの本読んでみたくなった。人と土地についての考察面白いなと。
▼最初に読んだ星野さんの本。写真や地図はないので、グーグルマップで確認したり画像検索したりして読んだ(笑)。が、それ以上に内容がよくて星野さんにハマるきっかけとなった。
▼アラスカの動植物たちを中心に写真と言葉で紹介している本。写真も文章も良く内容が濃すぎる。